新卒社会人1年目の日常(1)

1日目  4月1日(水) 雨

 

 社会人の朝は早い。AM6:00。眠い目をこすりながら鳴り響くアラームの音を止める。社会人1日目が幕を開けた。
 朝食を済ませ、スーツを着用。大量のワックスを手に取り髪をオールバックにする。鏡に写った自分の顔には、まだ見ぬ今日そしてこれからの日々への期待と不安が入り交じっていた。昨日までのお気楽大学生の自分とはおさらばだ。ふぅと一息ついてから玄関の扉を開き、社会人の第一歩を踏み出した

 

         

 

 

 

 通勤は電車と徒歩を駆使して30分ほどかかる。会社に向かって歩くと常に逆風が吹いているように感じた。足取りはとても重い。自分の存在は社会に拒絶されているのではないか。行くのを断念すべきではないか。そんな気がしたコンマ数秒後、足下から視線を感じた。

 

 そっと足下に目をやると、そこには小さな白い花が咲いていた。辺り一面コンクリートの中でたった一輪、純白で美しい彼女は力強くたっていた。劣悪な環境にも負けず必死に食らいついて今を生きようとしている彼女の姿勢に感情を刺激された。自分も頑張ろう。彼女を見ているとなんだか自分もそんな風に思えた。『サオリ、ありがとう。仕事頑張るわ。』僕は、なんとなく彼女をサオリと名付け、再び会社へ向かう。足取りはとても軽い。

 

         

 

 会社の前にたどり着くと、初出社からくる独特の緊張感が全身にまとわりつく。声に出さない意気込みをして集合場所へ足を運んだ。
 集合場所には、全体で200人いるはずの同期のうち10人がいた。俗にいう新型コロナウイルスの影響が響き、全員での入社式と研修の中止が宣言されており、ここにいる10人で入社式的なのをやる旨が伝えられた。
 この一連の流れで僕が思ったことは、ただ一つであった。『この感じだと初日は、入社式的なのが終わったらすぐに帰れそうだぞ。』ニヤニヤが止まらなかった。

 

  

 

 そう、この時の僕はこの後起きる悲劇を何一つ予想していなかった。

 

 

 

 

 

続き→

gumondana.hatenablog.com

新卒社会人1年目の日常(5)

前回→新卒社会人1年目の日常(4) - masaya1216’s diary

 

 

 定時になるとオフィス中に歌が流れる。曲名は分からないが何か懐かしいような穏やかなメロディーだった。やっと終わった。聞こえるか聞こえないかくらいの声で、お疲れさまでしたと言い、逃げるように会社を出た。

 目からこぼれ落ちそうになる水を必死にせき止めた。それを流したら社会に対して負けを認めたことになる気がしたから。

         

 帰り道。タバコを吸うって言わなかったことを後悔しながら、行きと同じ道をトボトボ歩いていると、衝撃の光景を目にする。

 サオリが死んでいた。そう、通勤中に出会い僕に勇気をくれた真っ白い花。誰かに踏まれた形跡があり、まるで標本のようにピタッとコンクリートに張り付いていた。悪質な殺人である。これはあくまで憶測ではあるが、先に帰った僕の上司の犯行という線が高いと思う。証拠は何一つないが、係長あたりが怪しい。何の因果が、僕もサオリも同一人物の手によって崩壊した。

 サオリとは今日出会ったばかりであったが、彼女は人生観や社会観など色々なことを教えてくれた。親のような存在だった。初日で不安だった僕の心を優しく包み込んでくれた。失って初めて気づく本当の気持ち。僕はサオリに恋をしていた。第二の母親であり想い人。今までありがとう

         

 無気力なまま家に帰り、布団の中に潜り込む。想像の何十倍も疲れていた。目を閉じた僕は既に夢の中にいた。
 4月1日。それは始まりでもありまた終わりでもある。怒濤の一日はこうして幕を閉じた。

 初日の会社勤務を終えて、感じたことを以下にまとめる。
 会社に、日本に一言だけ物申せるなら僕はこう言う。
 
 fuck you.

 

1日目   完。

 

2日目が始まります。→

新卒社会人1年目の日常(4)

前回→新卒社会人1年目の日常(3) - masaya1216’s diary

 

 1日目の午後が始まった。一刻も早く、部署で仲良い人を作らないと流石にこれから大変である。なんとかしなければと少し焦る。
 ここまで話を聞いていた皆さんはこう思うかもしれない。誰かと仲良くなりたいならば、自分から積極的に話しかければよいと。しかし、それはパーセントで表すと100不可能なのだ。僕は権力者に弱い。普段、周囲に睨みをきかせ見下す、カースト上位っぽい振る舞いをしている事からも分かるように権力にコンプレックスを抱いている。権力者に対しては常にヘコへコし、自分から話を振ることなど出来ない。これは余談だが、自分より下だと見抜いた瞬間から極端に横柄な態度をとるメリハリのある男でもある。
 そんな根底に眠る陰キャ根性を踏まえた上で現状を考えてほしい。僕は技術、知識、教養もないまっさらな新入社員。周りは全員が上司。圧倒的権力者ども。つまりはそういうことである。

         

 時間が経っても状況が一変することはなかった。僕は、入れてもらえない彼らの特に面白くないやりとりを、少し離れた席で聞きながら作り笑いをすることで精一杯であった。
 『でも普通こういう時って上司とかから質問したり話振ったりしてくれるもんじゃね?なんだよ、くそ。✖✖✖。』
 心の中で悪口大会がスタートした。自分の知っている全ての悪口単語を言い終わった頃だっただろうか、ついに念願のチャンスが舞い降りた。

         

 みんなから係長と呼ばれるジャニーズ系チャラ男係長が僕にこう問いかけた。

君は、タバコ吸うの?

 その場にいた上司が一斉にこちらを向く。僕の返答にみんなが耳を傾けた。悪口大会に夢中になっていたせいで、どういった流れでこの質問が僕にとんできたのか、会話の流れはさっぱり分からなかったが質問に正直に答えよう。そう思った。ハキハキと大きな声でこう言った。

いえ、僕はタバコ吸いません。

 シーン。冷え凍るオフィス。さっきまで、ガヤガヤしていた音が一切消えた。沈黙。実際には1,2秒の沈黙が僕には何時間にも感じた。額から汗が流れる。

おいおい~。そこは、吸うっていえばウケたのに~。

 2秒の沈黙を破り係長は言った。安易に答えてしまったが、どうやら僕は究極の二択を間違ったらしい。その代償はとても大きく、人生の中でもトップクラスにすべった。ボケたわけでもないのに。
 『てか、タバコ吸うっていえばウケるってどんな会話してたねん。』ふてくされる僕は、喋らない上につまらない認定された。つまらない人間に二度目のチャンスは与えられない。
 最初で最後のチャンスを逃した僕は、頭に入らない資料を7時間黙々と眺める作業で初日の業務を終えた。

 

続く(1日目最終章)→

gumondana.hatenablog.com

新卒社会人1年目の日常(3)

前回→新卒社会人1年目の日常(2) - masaya1216’s diary

 

 同期がいないことで放心状態の僕は、課長に手を引かれ自分の部署へ案内された。そこは、30人程度の規模で、当然全員が上司だ。
 上司達の前に立ち、大きな声で挨拶と自己紹介をかます。そこに歓迎ムードは一切なくまばらな拍手が聞こえたかと思うとすぐに電話や雑音の声にかき消された。なんでも今年新しくできた部署らしく4月早々みんな忙しいらしい。
 いや、知らん。何でそんな所に新入社員を配属させるんだと頭に血が上った。血が上ったはよいものの、何をすればどこに行けば何も分からず、その場で爪をかんでいると、課長が自分の席へ行けと隅っこにある薄暗い席を指さした。

         

 ある上司Aに読んでいろと、分厚い資料を渡され目を通すが接続詞以外の全単語が理解できない。そこからの時間は一秒一秒がとても長く感じた。
 解読不可能な資料を読んでいるフリをしながら周りを見渡すとほぼ全員が自分の業務に一生懸命に取り組んでいる。一部、雑談を楽しんでいる人達もいる。僕を無視して。彼らも新入社員だった過去があるだろう。不安でいっぱいの新入社員。優しくしゃべりかけてほしい。質問してほしい。そんな僕の想いはそこにいる誰にも届かなかった。

         

 ひとりぼっち。陰で‘’空気‘’とあだ名をつけられ虐められている気分になった。その状況が数時間継続し、そのままお昼休みの時間になった。
 正直、ストレスで胃がキリキリしていて食べ物が喉を通る状態ではなかったのだが、やっと訪れた誰かと喋れる、仲良くなるチャンス。同期もしくは上司と一緒にご飯を囲み、センスあふれるトークで友達を作ろう。今度こそは必ず。
 そう強く意気込み、隣の上司Aにお昼はどこで食べるのか、社員食堂などはあるのか尋ねた。Aは首を横に振り、こう答えた。

家から持ってくるかコンビニで買って自分の席で一人で食べるのがスタンダードかな。

『きっつ、なんやねん。あと、スタンダードじゃなくて普通って言えや。』心の中で盛大なツッコミをしつつコンビニ飯を買い、薄暗い席で一人黙々とかきこんだ。周りにいた上司たちは、当然のように僕を会話にいれてくれることなく、一人で食べるコンビニ飯はいつもよりちょっとしょっぱかった。

 

続き→

gumondana.hatenablog.com

新卒社会人1年目の日常(2)

前回→新卒社会人1年目の日常(1) - masaya1216’s diary

 

 入社式的なのが始まる前に、その場にいた同期10人を軽く紹介する。鼻筋の整っている鈴木、筋肉質の渡辺を筆頭とする理系男子8人。絶妙なぽっちゃり具合で定評のある朝比奈を筆頭とする女性2人。僕が集合場所についた時には、すでに全員が揃い各々の席に座っていた。

 女性2人は隣同士で雑談に花を咲かせ和気あいあいとしており、一方、男共は携帯をいじるか書類を読むか下を向いてもじもじしていた。こういう時、男という生き物は本当にどうしようもないなと感じる。圧倒的コミュニケーション能力の低さ。社会適応力の低さ。それは人間力の低さ。昨今、我が国では女性の社会進出が進み、男尊女卑の考えはほぼ消えた。最近ではむしろ女性の立場の方が上に感じる。そういった背景にあるのは、こういった男の弱さだ。
 僕は、その場にいた男全員をあざ笑った

         

 話を戻そう。唯一空いていた隅の席に腰を下ろした僕は、入社式的なのが始まるまでの時間をどうするか作戦を練った。この場にいる10人は、おそらく今後何十年と働くであろう会社の同期。仲良くなるに越したことはない。隣の男に話しかけようか、はたまた女性達の雑談に入り込もうか。そしてある結論にたどり着いた。

 沈黙し、10人全員を睨みつけた。鋭い眼光で。

 これは、しゃべりかける勇気がないとか緊張していたとかでは決してない。決して。仲良くなる前に威嚇したのだ。なめられちゃいけない。学生時代から根付いたカースト上位ぶりたい体質が僕の社会人生活を邪魔する。
 結果として、同期は僕のことを恐怖、もしくは奇異の目で見るようになった。勝った。そんなことを思っていると、あっという間に時はたち入社式的なのが始まった。

         

 それは、会社の偉い人から一人一人、入社証明書を受け取るだけの非常に簡易的なもので、意外にもあっけなく終わった。よし、家に帰ろう。帰宅の準備をしていると、新型コロナウイルスの影響で研修はなしで初日から部署に行き仕事してもらう旨が伝えられた。さらに、その後偉い人が口頭で発表した配属先の部署で、僕には同期がいないことが確定した。10人の中で同期がいないのは僕のみであった。彼らのホッとした顔は僕の心に突き刺さる。

ガックリと音を鳴らしながら肩が膝まで下がった

 

続き→

gumondana.hatenablog.com